FC2ブログ
未分類 2011.08.06 (土)
今から約1,200年前、弘法大師が42歳のときに人々に災難を除くために開いた霊場が四国霊場です。後に高弟が遍歴したのが霊場巡りの始まりと伝えられています。人間には煩悩が88あり、霊場を八十八ヶ所巡ることによって煩悩が消え、願いがかなうと言われてます。

空海(774~835) 平安時代の僧。真言宗の祖。讃岐(香川県)に生まれる。俗姓佐伯。幼名真魚(まお)。謚号(おくり名)弘法大師。
 15歳で京に上って学者になるため儒学を学び、18歳のときに大学に入るための難しい試験に合格するが、793年に学者の夢を捨て、出家して修行の旅に出る。 804年、桓武天皇の命により、最澄とともに遣唐使にしたがって唐の都、長安の青竜寺の偉いお坊さん恵果(けいか)から密教を教わる。恵果の死後、梵語の研究、また、韓方明に書を学んだとされている。
 806年、帰国。
 816年、紀伊(和歌山県)の高野山に金剛峰寺を建て、真言宗を開創した。また、823年、朝廷から京都に東寺(教王護国寺)を建ててもらい、ここをいわゆる東密の本拠とした。
 ある年、日本中が日でりで困っているときに、天皇の命により雨乞いのおいのりをして雨を降らせ、そのてがらとして僧として高い位の少僧都(しょうそうず)を授けられたといわれる。
 博識多才でいろいろな方面に活躍し、文学、中でも書においては「弘法も筆の誤り」といわれるように嵯峨天皇、橘逸勢と並び、大師流の祖とされる日本三筆の一人。
 また、日本最初の民衆のために私立学校、綜芸種智院(しゅげいしゅちいん)を京都にひらき儒教や仏教を教えたり、香川県の満濃池と呼ばれる用水池を作ったり、社会への啓蒙活動もおこなった。日本全国に弘法井や弘法池などの名前が多いのもこういった活躍にあやかったものと思われる。

私は無宗教だが、がんという病気との付き合いの中、科学では究明出来ない不思議な事に遭遇することがある。
この四国に生まれ、この四国で生きている事に意味があるとすれば、そのことを感じてみたいと・・・
そして、がん患者、その家族、そしてそれを支援してくれる人々と共に歩きたいと、
今年10月から「四国霊場88ヶ所」を歩く事を計画していますが、この事に共感をして頂ける事は難しいと
しかし、そうした思いのある人々と共に1年掛かりで歩もうと思う。



スポンサーサイト